2022.03.13
弥生3月、桜の開花が待たれます。
土の下では生き物が外の世界を待ちきれなく。ソワソワしていることでしょう
この状態を「啓蟄」と言うのでしょうか?昔の人の表現。語彙の素晴らしさ。
大人になるのが待ちきれない若者このような違和感と期待、どう名付ければ
いいのでしょう?
宮島は自粛の呪縛から解放され、朱の大鳥居の修復が待ちきれなくて
、「早よーせえや!」のお叱り、200年先まで立ち続ける「大鳥居」その誇り
と意地を見せる職人の腕の見せ所、歴史と木材の実証実験の場でもあるのでしす。
沽券にかかわる大事業、中途半端は許されない「朱の大鳥居」なのです
宮島の鹿の命もしかり、何があっても守る不動の「宝」の一つです。
長浜14頭、福祉センター下36頭、杉之浦神社41頭、波止場と手前28頭。
グランドに入れない「グランド」の鹿100頭!山の中、入浜挌10頭、ぐるっと
廻って谷原(やつがはら)20頭、紅葉谷21頭、トイレ横9頭、おなかペコペコ
で待ってます。

紅葉谷、帰宅後カメラが見つかりません。あわてて宮島に再渡航グランド横、入浜、
探すも残念ながら今回は写真なしです。相すみません。

紅葉谷、鹿爺ちゃんのスマホから。
全国の支援者様(匿名様を含め)頂いたご飯(コーン、ラビットフード、大麦
ティモシー(牧草)ヒマワリが命の支えです。
アンチ様からどんぐりは食べないと宮島の生態系が狂うと、しかしこの14年間、
今だ新しい草木の出現を見ません。私たちの給餌場所で1本でも発芽し成長している
苗木見たことありますかと尋ねるとまだないの返答。地表に残るはどんぐりの皮だけ。
足が欠けた個体、目を負傷した個体、毛皮の哀れな個体、春を前に修復中
の体、「ありがとあります」を花束にして贈りたい鹿達です、感謝しています。
ウクライナの現状に近い宮島の鹿達の日々、、せめて「食」の為芝地を拡大
芝地への施肥をやって下さい、鹿が自立して生きて行ける「食」を用意して
やって下さい、観光利用している「宮島」のそれは最低限の責務と心得てください。
昔の出来事です、桟橋前の広場若者から鹿せんべいは何処で売っているのですかと、
給餌禁止でいま売っていないのですと、答えると、社会人になって仕事が一段落したら
修学旅行できた宮島の鹿が思い出されました、また会いたいなとやってきたのですが
と言って去って行きました。
給餌終わり帰宅後夕方の民放テレビ宮島のインタビュー場面外国の方が答えるに
何に驚いたかって、自分の国では100Mも近ずけないのにここでは触れたんですよと、
興奮気味に答えていました。
やつがはらで給餌している時、学校の先生と思われる方が話しかけてきました、1泊の
修学旅行夕食どき余った野菜を鹿にあげようやとの声で、私もわたしもと集め始めました、
すると仲居さん、宮島は鹿に餌をやっちゃあいけんのよと止めさしました。このことが
後日、職員会議で話し合われ、結果子どもたちの優しさを大事にしたいと、次回は
他を検討することになったのだと話してくれました。
「鹿」から受けている恩恵に対してあまりに薄情、14年間も給餌禁止は言語道断
以前の年間2000万円のお金はどこへ消えたの?
宮島=「命をいつくしむ島」、宮島に現状回帰しませんか?多くの支援者様と鹿の
切なる願いです。一考をお願いします。
この状態を「啓蟄」と言うのでしょうか?昔の人の表現。語彙の素晴らしさ。
大人になるのが待ちきれない若者このような違和感と期待、どう名付ければ
いいのでしょう?
宮島は自粛の呪縛から解放され、朱の大鳥居の修復が待ちきれなくて
、「早よーせえや!」のお叱り、200年先まで立ち続ける「大鳥居」その誇り
と意地を見せる職人の腕の見せ所、歴史と木材の実証実験の場でもあるのでしす。
沽券にかかわる大事業、中途半端は許されない「朱の大鳥居」なのです
宮島の鹿の命もしかり、何があっても守る不動の「宝」の一つです。
長浜14頭、福祉センター下36頭、杉之浦神社41頭、波止場と手前28頭。
グランドに入れない「グランド」の鹿100頭!山の中、入浜挌10頭、ぐるっと
廻って谷原(やつがはら)20頭、紅葉谷21頭、トイレ横9頭、おなかペコペコ
で待ってます。

紅葉谷、帰宅後カメラが見つかりません。あわてて宮島に再渡航グランド横、入浜、
探すも残念ながら今回は写真なしです。相すみません。

紅葉谷、鹿爺ちゃんのスマホから。
全国の支援者様(匿名様を含め)頂いたご飯(コーン、ラビットフード、大麦
ティモシー(牧草)ヒマワリが命の支えです。
アンチ様からどんぐりは食べないと宮島の生態系が狂うと、しかしこの14年間、
今だ新しい草木の出現を見ません。私たちの給餌場所で1本でも発芽し成長している
苗木見たことありますかと尋ねるとまだないの返答。地表に残るはどんぐりの皮だけ。
足が欠けた個体、目を負傷した個体、毛皮の哀れな個体、春を前に修復中
の体、「ありがとあります」を花束にして贈りたい鹿達です、感謝しています。
ウクライナの現状に近い宮島の鹿達の日々、、せめて「食」の為芝地を拡大
芝地への施肥をやって下さい、鹿が自立して生きて行ける「食」を用意して
やって下さい、観光利用している「宮島」のそれは最低限の責務と心得てください。
昔の出来事です、桟橋前の広場若者から鹿せんべいは何処で売っているのですかと、
給餌禁止でいま売っていないのですと、答えると、社会人になって仕事が一段落したら
修学旅行できた宮島の鹿が思い出されました、また会いたいなとやってきたのですが
と言って去って行きました。
給餌終わり帰宅後夕方の民放テレビ宮島のインタビュー場面外国の方が答えるに
何に驚いたかって、自分の国では100Mも近ずけないのにここでは触れたんですよと、
興奮気味に答えていました。
やつがはらで給餌している時、学校の先生と思われる方が話しかけてきました、1泊の
修学旅行夕食どき余った野菜を鹿にあげようやとの声で、私もわたしもと集め始めました、
すると仲居さん、宮島は鹿に餌をやっちゃあいけんのよと止めさしました。このことが
後日、職員会議で話し合われ、結果子どもたちの優しさを大事にしたいと、次回は
他を検討することになったのだと話してくれました。
「鹿」から受けている恩恵に対してあまりに薄情、14年間も給餌禁止は言語道断
以前の年間2000万円のお金はどこへ消えたの?
宮島=「命をいつくしむ島」、宮島に現状回帰しませんか?多くの支援者様と鹿の
切なる願いです。一考をお願いします。
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